2008年02月12日

No.202 中国で「革命烈士」と呼ばれた日本人女性

「長谷川テルさんという女性を知っていますか?」と聞かれ、知っていると答えられる日本人は、数少ないのではないだろうか。しかし、彼女は中国ではその名が教科書にも載っている有名人。中国では英雄扱いで「国際主義戦士」「革命烈士」などとも呼ばれ、革命記念館にコーナーがあり、京劇の主人公に描かれたりもしてい るのだという。一方日本では「非国民」「売国奴」とレッテルを貼られた。それはなぜか。

長谷川さんは1912年生まれ。エスペラント語(ヨーロッパ言語をベースにして作られた国際共通語)を学んでいた彼女は、東京に留学していた中国人男性と知り合い、結婚し、中国へ渡る。そして平和活動を行っていた。日中戦争が勃発し、日本の侵攻とその戦争の悲惨さを身をもって感じた彼女は、中国戦線の日本兵に対し、戦争を止めるよう日本語のラジオ放送で訴えかけた。日本人としてあるまじき行為とされ、これが当時の日本から批判の対象となったのだ。

平和を愛し、もちろん祖国日本も愛し、文学や音楽も愛していたひとりの女性は結局日本に戻ることはなかった。その彼女の人生の足跡を辿るドキュメンタリーが第22回民教協スペシャルとしてオンエアされる。タイトルは『広島発 平和のメッセージ 失くした二つのリンゴ 日本と中国のはざまで 長谷川テルが遺したもの』。

長谷川テルさんの足跡を辿るのは、実の娘である長谷川暁子さん。彼女は、わずか1歳で母のテルさんばかりか、父までも病気で失う。その後「革命烈士」、英雄の子として中国共産党の施設に預けられて育つものの、文化大革命の嵐にもまれるという数奇な運命を辿り、母同様に激動の時代を生きぬいてきた人。しかし暁子さんは中国で生まれ育ったが、35歳の若さで亡くなった母が帰ることのできなかった故郷・日本に帰化して暮らしている。

かつて敵対しあったふたつの祖国を持つ暁子さん。彼女とともにテルさんの人生を振り返ることで、彼女が今、この時代に遺したものは何だったのかを考えてみたい。そして「平和を愛する心とはなにか」を。 (2008.02.08 発行)

 ::: 関連サイト ::: 

 『広島発 平和のメッセージ 失くした二つのリンゴ 日本と中国のはざまで 長谷川テルが遺したもの』番組サイト

※テレビ朝日で2月11日(月・祝)10:30〜11:25放送。

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